シングルマザーとして子供2人を育てた母が他界
兄弟が小学校の頃にお父さんとお母さんは離婚して以降、お母さんが一生懸命に働き二人は大学まで出ることができた。
お母さんは離婚で子供達にお金の苦労をかけてはいけないと昼は事務員をして夜は内職で働いていたので子供とゆっくり話をしたり・遊ぶことも・食事を共にすることもできなかった。
昼間はお母さんがいないので弟さんが夕食の支度をしてお母さんの帰りを待っていたがお兄さんが意地悪でいつも弟さんは泣かされていた。
お母さんが帰宅するまでお兄さんの暴力にやられてしまうのでトイレに隠れていたこともしばしばだった。
弟さんはお兄さんのいない外国の大学に行き就職した後も外国で居住し顔を合わせないようにしていた。
お母さんはお兄さんの悪事をいさめないので、お兄さんはやりたいほうだいで弟さんはいつもやられてばかり。
弟さんは小さい時から悔しい思いを強いられていた。
今でもそのころの事を思い出すと弟さんは、「兄を殺したくなる」と話す。
3年前に母親が亡くなり遺産相続の問題になるとお兄さんは何を考えているのか相続問題を解決しようとしないで遅らせる手段ばかりを取っている。
あれこれと難癖をつけては嫌がらせをしていた。
お母さんは生前に兄弟でもめると思っていて友人には、
「残ったものが解決すればいい」
と言って書きかかけた遺言書を没にしたとも言われている。
弟さんは海外に住んでおり遺産問題をできるだけ早く解決したいと思っていたが兄弟間の話し合いが進まないので、弁護士に依頼した。
しかしお兄さんは1年以上、何の動きもなく弁護士からの申し入れも受け付けいれず、
「出来ない。」
の一点張り。
ついには家裁に持ち込んで調停にしたがお兄さんは言いわけをしてすべて欠席していた。
関係者は全員、頭を悩ませていた。
弟さんは、早く解決してお兄さんとの関係を終わらせたいと思っていたが1年以上なにも進展しないので遺産分割の内容を変更した。
すると兄が動き出して遺産分割協議書まで出来上がった。
面倒な手続きはすべて弟さんがやっていた。
その間、弟さんは日本で生活をしていたのだが実家は雨漏り状態で寝泊まり出来ず安心できる場所もなかったので安宿を渡り歩いていた。
お兄さんに会おうと言う気持ちどころか殴り合いが起きそうな不安もあったので居場所も隠していた。
外国にいても何も解決しない事にイライラしていたが長年外国に住んでいたため日本に来ても気持ちをわかってもらえる友人もいないので心がすさんでいる自分に不安を思っていた。
そんな経緯がありカウンセリングを受けてみたいととまり木に連絡をしてきた。
母が亡くなって初めて心に変化が生まれた
来談初日、弟さんは淡々と話をしていた。
法律的なことは弁護士にお願いしているが気持ちがイライラして夜も眠れないと言う。
亡くなったお母さんすらも恨むようになり自分自身が嫌になっていると話す。
兄は話し合いのテーブルに乗らずにただ黙っており弁護士さんもどういう意図があるのかわからない。と言う。
兄に署名を求めても応じてくれないでただ黙って出来ないと言うばかり。
1年ほど調停も滞っていたが遺産配分の内容を変更して面倒な自宅の売却等を自分がやる事で動き出したと話す。
弟さんは問題を解決するために意を決して帰国したがコロナ禍で時間的ロスもあり大変だったようだ。
すんなりできればこんな苦労はなかったのにと考えると色々な事が頭の中を駆け巡りどうにかなりそうになると話す。
お兄さんは弟だけが憎いのでなく誰でも関係ある人には非協力的な態度をとっているようだった。
日本に帰国してからストレスで精神的に不安を抱えていた弟さんだったが自分を見つめ直すために来談者カウンセリングを開始ししばらくすると心に変化があらわれた。
弟さんはリラックスしてカウンセリング出来るようになってきていた。そして、
「今思うともっと病気の母親に優しくしてあげられなかったのだろうか」
と考えると涙がとまらなくなると話し始めた。
「病気の母と思ってもその時は亡くなる事が考えられなくて楽しませようと旅行に連れていったりしたが母は動くのも食べるのも辛そうだった」
と言う。
そんな姿を見ても何かしてあげたいとあれこれ考えた。
弟さんにとって親孝行とは旅行に連れていったり・美味しいものを食べさせたりする事だと思っていた。
しかしカウンセリングを受けて冷静に自分の心と向き合うことで別の見解が生まれてきた。
「今、わかりました。母の望んでいたことは、ゆっくり話したり・体をなぜてもらいたかったのではないかと思うのです。」
「でも、その時はわからなかった」
弟さんは母の死を体験して母の気持ちが分かってきたように思うと話すようになっていた。
「お母さんは離婚したことで子供たちにかわいそうな思いをさせたくないと無理して働いたと思う。」
弟さんは留学の時もあまりお母さんに相談せず自分の貯めたお金でやりくりしていた。
アルバイトをしてお金を貯めて留学したつもりでいたがそれだけではお金が足りなかったのを黙って母は穴埋めしてくれて居たことを知らなかった。
その当時は母の苦しみなど考える事もせず自分の事を前へ前へと進めていた。
お母さんの人生は子どものために走りずめで自分の体を思いやる事もしなかったし何度か病気もしたが誰にも言わず子供にも隠していた。
何度目かの来談カウンセリングの時、弟さんは今までやってくれた母親の事を思い出して涙していた。
本来ならば兄弟でお酒でも飲みながら母親談義をするところでしょうに成長過程で何かボタンの掛け違いがあったようです。
カウンセリングを通して弟さんの心の中にお母さんを慕う気持があふれ出てきたようだった。
後悔や自分が行ってきたことを次々話すようになってきた。
お母さんへの優しさが湧いてきて涙していたがある時、心が落ち着いてきた話した。
良い事は続くもので心が落ち着いてくるのに合わせて遺産分割協議書もまとまり解決への道が見えてきた。
弟さんはお兄さんを慕う気持は全くなく早く解決して他人の関係になりたいと言う。
弟さんは近いうちに日本を離れる事が出来ると話していた。
また近いうちに日本に戻るが大きな仕事は終わったとホッとしていた。
優しさのある笑顔になっていた。
ここでひとまずカウンセリングをお休みにした。
カウンセラーが対象者に対して個人的な意見を言うことはないのだがカウンセリングを終了しカルテをまとめていた時にふっと頭をよぎったことがある。
こんなに憎しみ合う兄弟を亡くなったお母さんはどんな気持ちであの世から見ているのだろう。
「残ったものが解決すればいい」と言ったお母さんのことばが頭に浮かんできた。
いつの日か今までの事を許し合い仲良く兄弟でお酒を酌み交わせる日が来ることを事を願わずにはいられなかった。
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